淋しいということ

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心の底から淋しさを感じたのは

父が亡くなったときだ。

 

可愛がってくれた父はもういない。

叱られても(主に母に)、庇ってくれる父はいない。

淋しかった。心細かった。

これだけよく泣けるものだと思うほど

大量の涙を流した。

 

だれかに父のことを訊かれると

辛かった。淋しいでしょって?

淋しいに決まってるじゃない。

当たり前のこと、訊かないでよ。

 

父の死を知らず、電話をかけてくるひとに

「亡くなりました」と告げるのも辛かった。

 

昨日まで、このあいだまで存在していたひとが

もう今はいない。これからもずっといない。

いじめられるよりずっとずっと辛い日がしばらくつづいた。

 

「子供がいないと淋しいでしょ?」

そう言われることがある。

 

流産も出産も経験したことがない。

昨日まで、ついこのあいだまで

確かに存在した命を失った経験が

わたしにはない。

 

「淋しくてたまらない」

そういう気持ちにあまりなったことがない。

 

可愛い赤ちゃんを抱くひと、

年賀状にプリントされた子供の写真、

親子連れで楽しんでいる姿、

よく目にするけれど。

 

彼らと自分を引き比べることがないから

引き比べるのが性に合わないから

淋しさを感じないのかもしれない。

 

 

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このページは、nonnonが2009年6月 3日 17:21に書いたブログ記事です。

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